知床 北海道

News

Story | 知床ブランディング「はじめの一歩」#1 中山よしこさん

10年前をふりかえるインタビューはストーブの灯とともに始まった

北海道、世界自然遺産・知床のある斜里町。

2015年、知床ブランディングは静かに始まった。
世界自然遺産登録10周年のこの年、
観光のブランディングを強化するために。

そして観光から、商工業・漁業・農業・環境へと
ブランディングは広がり、
最近では福祉にも携わるようになってきた。

始まったときには想像もしないほど
大きなうねりとなった地域ブランディング。
この10年の歩みをふりかえる企画として
「はじめの一歩」をひも解いてみたい。

まず最初に登場いただくのは
地域の編集者ともいえる中山よしこさん。
彼女から見た知床ブランディングの始まりとは?

「斜里が変わるかもしれない」
審査会委員のひとりが感じた可能性と決断

2015年、知床世界自然遺産登録から10年のタイミングで、斜里町の観光広告を見直すためのコンペが行われた。そして2025年に知床ブランディング開始10周年を迎えた今、その始まりを後押しした方にお話を伺った。

コンペで審査会委員を務めたひとり、中山よしこさんが今だからこそ話せる当時の裏側を教えてくれた。

きっかけは、男性中心の委員会に「女性の意見を」と求められた、いわば受動的なスタートだった。ところが、コンペを通じて「ある人」が関わることで「これは斜里町のイメージを変える転換点になるのかもしれない」という熱い思いに変わっていったそう。

中山さん自身、「自分たちが望む知床の未来像」について考えを巡らせ、試行錯誤の末に出した答えこそが、現在の知床ブランディングを始動させる原動力のひとつとなりました。

「斜里が変わる、大ごとになるかもしれない」

知床ブランディング記者発表のひとこま
ブランドブック「SHIRETOKO! SUSTAINABLE 海と、森と、人。」創刊号を手に

「斜里が変わる、大ごとになるかもしれない」

中山さんがそう思ったのは、コンペの参加企業のひとつに写真家・石川直樹さん(以下石川さん)が関わることになったから。

中山さんは2014年の取材をきっかけに石川さんと親交があった。当時から石川さんは写真家として知られる存在であり、作家としての顔も持つ。また、企業や地域と深く関わりながら新たな価値を生み出す表現者であることを知っていた。

「石川さんが関わってくれたら、きっと斜里町は大きく変わる。単なるポスターの刷新にとどまらず、斜里町の可能性が広がるはずだと思ったんです」

世界自然遺産で知られる知床・斜里町は、「秘境」や「聖地」といった、限られた層のための言葉で語られがちだった。しかし中山さんは、ハードなアウトドア派だけではない、もっと多様な人々が惹かれる斜里町の姿を推していきたかったのだという。

「周りにはキャンプしたり、山を縦走したりすることが普通っていう人がたくさんいる。でも、例えば私みたいに動植物に詳しくなくとも、ただ身近な自然が好きっていう人もたくさんいるんですよね。そういう自分たちにとっても心地良い広告とはなにか、当時すごく考えました」

そんな中山さんの感覚にぴったり合ったのは、斜里町へ講演のために訪れたシーカヤックガイド新谷暁生さんの言葉だった。

「知床のすごいところは“大冒険”から“ほんの少しの散策”まで、すべて受け入れてくれる懐の深さにある」

手堅い案ではなくおもしろい案を

石川直樹さんと招待作家による展示「TOP END」
まさに手づくりで、斜里町公民館で開催されている

参加各社の提案書が出そろった、コンペの審査会にて、他社は、知床の風景写真にロゴまで入った完成度の高いポスターを含めそのまま使えそうな手堅さ。一方で石川さんとタッグを組んだデザイン事務所・トラウトはキャッチコピーとグッズの提案、とシンプルなものだった。

審査会の場で「おもしろい」という反応があったものの、提案書自体は荒削りにも見えた。 しかし、既に原型があった知床のシンボルキャラクター「知床トコさん(以下トコさん)」、マップづくりの提案、石川さんとのイベント企画案など、オリジナル性が光っていた。

審査会委員という立場上できることは限られるが、当時の中山さんは「この芽を摘みたくない」という想いに駆られた。思い切って、アートを絡めたまちづくりを行う友人にコンペの詳細を伏せて相談すると、こんな言葉が返ってきた。

「完成度の高い案は『ゴール』だから安心感があるんですよ。でも本当におもしろい案は『スタート』。スタート地点だから他社より伸びしろが大きいんです。そのオリジナル性が強みですね」

その言葉に背中を押され、中山さんは限られた時間のなか、独自にコンペ参加企業の比較レポートを作成した。そんなとき町内の友人(シリエトクノートの共同編集者・竹川智恵さん)が、とある新聞記事を見せてくれた。

“前年度(2014年度)斜里町の観光入り込み数が過去最低から2番目。世界遺産効果も10周年にしてここまでか”

統計が残る1970年度(昭和45年度)以降で、前年の2013年度に次いでワースト2位の数字。そんな辛辣な内容の新聞記事だった。でも、これこそが大事なことだと中山さんは感じたという。そして審査会の場で他の審査会委員に、その新聞記事と作成した比較レポートを見せながら、危機感を持ってこう語りかけた。

「他社の案は手堅いかもしれない。ですが先日、新聞にこんな記事が出ていました。きっともう今までのやり方じゃダメなんです。単純にポスターを刷新するだけじゃ、知床にお客さんは戻ってこない。だからそれにとどまらないトラウトさんの案を私は推したいです」

「アウトドアじゃない人」にも届くように

写真ゼロ番地 知床は、写真だけでなく映像にも広がった
石川直樹さんも映像のカメラマンは初体験だったとのこと

こうして中山さんの思いが他の審査員にも届いたのか、コンペの結果、トラウト✕石川さんのチームが最優秀提案に選ばれ、知床ブランディングはスタートすることになった。

トラウト、石川直樹さん、そして当時東京の広告会社にいたコピーライターの初海淳さん、マーケティング会社のThink Farmというチームが誕生。石川さんの写真を用いたポスターにとどまらず、トコさんのグッズや観光マップが制作された。

さらに「写真ゼロ番地 知床」という写真イベントを行うプロジェクトも始まり、アウトドアを目的としない人でも斜里町に関心をもつ新たなきっかけが生まれるようになった。

「アウトドア派ではないけれどトコさんのグッズを欲しい人がいる。知床に来たことのない、東京で暮らす家族に『トコさんグッズほしいから送って』って頼まれる友人もいるくらいなんです」

知床を訪れる理由、知床に興味を持つきっかけは必ずしも自然体験ではなくなってきた。

今、斜里町には自然が好きな人も、芸術が好きな人もいる。温泉でのんびりするのが好きな人もいる。それぞれ異なる入り口から斜里町に触れ、関わりを持っていく。

中山さんの思い描いていた「アウトドア派だけじゃない知床」は、ターゲットを広げるというより、知床との関わり方そのものを増やすことだったのかもしれない。

「盛り上げる」ではなく「関わりを生み出す」

映画「Shari」制作メンバーと中山さん
中山さんは、楽しみながら「関わりを生み出す」存在のひとり

知床ブランディングが始まり10年経った今、斜里町にはこれまであまり見られなかった人が訪れるようになったという。知床の自然だけでなく文化や芸術に興味を持つ人、道東地域全体の自然や文化に視点を向ける人。

そういう人が斜里町に増えたことを、仲間が増えたみたいで嬉しい、とやわらかな表情で話す中山さん。

実際に、自身も運営に携わる喫茶店に訪れた方から、おすすめの場所を聞かれることもあるという。そんなときはお気に入りのスポット 美術館を勧めたり、時間があるときは相手の好みやどうして斜里町まで来たのかを尋ねたりするのだとか。

そして中山さんに斜里町への想いを聞いてみた。

「知床を盛り上げようっていうより、アートのプロジェクトなどを通して、地元の人に斜里の良さを伝えたい気持ちが強い。今斜里に住んでいる子どもたちや『斜里ってつまんない』って言っている人たちが『そうでもないかも、案外おもしろいかも』と気づくきっかけになったら良いなと思います」

町民の憩いの場である喫茶店や、芸術に興味のある人が集まるイベント会場。町内のあらゆる場面で生まれた新たな関わりを通して、知床そして斜里町の魅力がじんわり伝わっていくのかもしれない。

知床を「どう盛り上げるか」ではなく「どう関わりを生み出すか」。そんな中山さんの考えや思いが、知床ブランディングの原動力のひとつだった。


ふたり目の登場人物、#2に続く
お楽しみに!

関連リンク:
ヒミツキチこひつじ
トラウト
石川直樹
写真ゼロ番地 知床
知床トコさん

取材・執筆: 藤原 萌(斜里町地域おこし協力隊)
企画: 初海 淳(知床ブランディング・クリエイティブディレクター)

Updated / 2026.03.31