斜里町と川村さんの縁はどのように生まれたのでしょうか?
喜一さん: 当時付き合っていた妻と一緒に10日間の北海道ツーリング旅行をしたのがきっかけです。もともと北国での暮らしに憧れがあり、旅行を通して北海道の人のおおらかさに触れ、住んでみたいと思いました。同時に、旅行だけではわからない冬の厳しさやヒグマが身近にいる暮らしをもっと知りたくなり、北国の中でも特に知床への思いが強くなりました。
実際に移住するまでにどのような準備をされましたか?
喜一さん:移住に関する制度や情報は全然知らなかったです。仕事もインターネットで「知床」「求人」と検索をし、たまたまヒットした知床財団に応募しました。
自分は美術大学出身なので、知床の風土や季節の移り変わりを感じながら、作品作りをしていきたいと考え、自然の中で学びながら仕事ができる知床財団に就職することを決めました。自然に関する知識がそれほど深くなかったのですが、ありがたいことに自分のデザインスキルを評価して雇っていただきました。住まいについても働き始めの頃は職場が用意してくれました。
地元の住民との関係や生活に不安はありませんでしたか?
芽惟さん:愛知県の田舎で育ったので、地域で必要な人付き合いに抵抗はなかったです。ライフラインに問題が発生したときも助けてもらい、ありがたかったです。例えば停電時にはご近所さんにお風呂を貸してもらったり、断水時には水をわけてもらったり…斜里の人たちはとても温かいです。農家さんや漁師さんから食材をお裾分けしてもらうこともあります。美味しい、嬉しいのはもちろんですが、この町に住む人々の営み、力を強く感じられることが私にとっては一番の喜びです。
喜一さん:人との距離が近い点も含めて斜里の良いところだと思います。誰も知らない空間や誰にも会わない時間が欲しい方にとっては、息苦しさを感じることもあるかもしれません。個人的には、人の顔が見える生活が安心感に繋がっています。
お二人は道外にもファンの多い「葦の芸術原野祭」を運営されていますが、きっかけはなんだったのでしょうか?
喜一さん:斜里出身の友人に「知床にはアーティストがたくさん訪れるけど、発表の場は都会ばかりで寂しい」と言われたことがきっかけです。この土地で表現し、この土地に還元される創造的な場を作ることが地域への恩返しになると思いました。
開拓の歴史を学んだり、身近に暮らす農家やハンターさんが自然に対するすさまじい感性を持っていることを知ったのも大きいです。
数々の幸運な出会いを経て、斜里内外の有志で2021年から「葦の芸術原野祭」を開催しています。地域の人と、私のような移住者を含む外部の人間とが、お互いを尊重しながら表現の場を作っていくことを目指す芸術祭です。
最後にお二人が好きな斜里の季節を教えてください
喜一さん:斜里の冬が好きです。雪国での暮らしに憧れがあったし、冬の景色とか、その静けさがすごく好きなんです。もちろん、住んでみると除雪の大変さを感じることはありますけど、それでも冬には特別な魅力があります。スキーを履いて散歩できたり、流氷が来たり、寒いからこそ自分や生き物の体温を感じられるし、森の中で動物たちのたくましさを目の当たりにすると、冬って本当に素晴らしい季節だなって思います。
芽惟さん: 私は冬は苦手です (笑)。でも、春のありがたみを感じられるのは、寒さのおかげかも。春は山菜採りです。陽気や芽吹きに、いちいち感動してしまいます!